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日本諺語:朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり

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朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり

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朝聞道,夕死可矣

【読み】あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり

【讀音】あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり

【意味】朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりとは、朝に人がどう生きるべきかを悟ることができれば、夕方に死んだとしても後悔はないということ。

【含義】朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり指的是,人在早上領悟了該如何活的道理,就算晚上就死也沒什麼好後悔的了。

【注釈】ここでの「道」とは、物事の道理、人の在り方を意味する。

『論語・里仁』にある孔子のことばで、人としての道を追求することの大切さをあらわす。

「あした」は元々「朝(あさ)」を意味した言葉で、「朝」と書いて「あした」と読む。

「聞かば」は、現代語の仮定法。「聞けば」とも。

【註釋】這裏的“道”指的是世間事物的道理,意味着人的處世準則。

出自《論語·里仁》中孔子的話,體現了人追求大道的重要性。

“あした”原本是“早上(あさ)”的意思,這裏寫作“朝”,讀作“あした”。

“聞かば”是現代日語的假定法。同“聞けば”。

【出典】『論語』

【出處】《論語》

【対義】酔生夢死

【反義詞】醉生夢死

【用例】朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりだが、自分の正しい生き方についての答えは、簡単には出ないだろう。

例句】雖說朝聞道,夕死可矣,但是對於自身正確的生存方式究竟是什麼,其答案並不是簡簡單單就能得到的。

本翻譯爲滬江日語原創,未經授權禁止轉載。

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